以前のAtomistix ToolKit (〜2008.10)では、 多くの系において2プローブ系のSCF収束が困難であり、また有限バイアス計算では電極付近で静電ポテンシャルが不自然な形状となることが問題視されていました。2010年7月にリリースされたバージョン10.8からは、静電ポテンシャルに関するアルゴリズムが改良され、これらの問題に大幅な改善が見られています。本事例では、新旧アルゴリズムの違いを解説すると共に、幾つかの具体例について電圧降下を新旧アルゴリズムで比較した結果を示します。
図1、図2は2プローブ系の電子状態を解く際の基礎概念を2008.10・10.8のそれぞれについて表したものです。

図1 : 旧ATK(〜2008.10)における2プローブ系の基礎概念。

図2 : 新ATK(10.8〜)における2プローブ系の基礎概念。
2つの手法の類似点と相違点について言及する前に、図で使用されている色分けの意味を説明します。
上記2つの手法は、多くの類似点を持ちますが、以下に挙げる本質的な違いがあります。
新アルゴリズムでは、旧アルゴリズムよりも中央領域内に含める電極表面層を多くする必要があるため、見かけ上は、計算コストが増加するように見受けられます。しかし、実際は、セルフコンシステントに計算される相互作用領域のサイズは同一であるため、計算コストは同等です。
新旧アルゴリズム(2008.10, 10.8)で計算された電圧降下を幾つかの系で比較することにより、新アルゴリズムでの計算が物理的により信頼性のあるものであることを例証します。バイアス電圧は0.5Vを採用し、電圧降下を「静電ポテンシャル(0.5V) と静電ポテンシャル(0.0V)の差」と定義しました。それぞれの系で使用した計算パラメータが異なるため、計算パラメータ設定の情報は割愛します。ただし、各計算におけるパラメータ設定は、2008.10と10.8で同一のものを用いています。
Au/DTB/Auにおける電圧降下の比較を図3に示します。2008.10では、右電極表面に不自然な減少が見られます。一方、10.8では、電圧降下は主にDTB部分で行っている結果が得られており、より妥当な結果であると言えます。ただし、両端部分の形状については、2008.10でも妥当な結果が得られているため、分子デバイス系の計算においては、2008.10でもまずまずの計算精度が得られることが分かります。

図3 : Au/DTB/Auの新アルゴリズムによる電圧降下の等高線プロット(左)と新旧アルゴリズムの比較(右)。
グラフェンナノリボンにおける電圧降下の比較を図4に示します。2008.10では、右電極部分で急激な電圧降下が見られ、更に外側にあるリザーバー部分と滑らかに接続していません。また、半導体的性質を持つarmchair端部分の電圧降下が過小評価されています。一方、10.8では、両端でリザーバー部分と滑らかに接続し、また、主にarmchair端部分で電圧降下が生じている結果が得られています。

図4 : グラフェンナノリボンの新アルゴリズムによる電圧降下の等高線プロット(左)と新旧アルゴリズムの比較(右)。
Mg/ZnO/Mgにおける電圧降下の比較を図5に示します。2008.10では、両端において電圧降下が外側にあるリザーバー部分と滑らかに接続してなく、また、右電極側のZnO/Mg界面において不自然な振舞が見受けられます。一方、10.8では、ZnO部分で主に電圧降下が生じており、また、両端はリザーバー部分と滑らかに接続しており、適切な計算結果であると言えます。

図5 : Mg/ZnO/Mgの新アルゴリズムによる電圧降下の等高線プロット(左)と新旧アルゴリズムの比較(右)。
Au/CNTにおける電圧降下の比較を図6に示します。2008.10では、散乱領域と右電極の接触部分で不自然な形状となっていますが、10.8ではそのような問題は生じません。

図6 : Au/CNTの新アルゴリズムによる電圧降下の等高線プロット(左)と新旧アルゴリズムの比較(右)